このホームページは、国土交通省江戸川河川事務所、流山「市民の会」久谷興四朗さん、
鵜沢俊明さん、元新松戸郷土資料館館長大井さん、新松戸花桃の会の方々に画像などご協力を頂きました。

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農業をさかんにしたい
雨のたびに逆流する逆川
渡辺庄左衛門の挑戦
お願いと苦労
上郷と下郷の対立
話し合いによる約束
ほりつぎ工事の完成
思いをつないだ庄左衛門
  1801年(享和元年)に上郷の14村(12村と横須賀村、西平井村)は、
坂川を大規模に松戸宿(赤圦)まで掘り継いで、さらに栗山村から江戸川へ
流す計画を願い出ました。(逆川通新規堀継願)
 しかし、根本村から南の7村は坂川の掘りつぎで、自分たちの田畑が
つぶれたり、水害がおこることをおそれて、工事反対書を提出しました。
(逆川悪水路堀継下郷反対口上書)この中には、上郷の14村の排水の
ために下郷の7村が犠牲になることへの強い不満が書かれていました。
これが上郷と下郷の対立の始まりと言われています。

上郷と下郷の対立